ITプロマネのブログ

IT業界、プロジェクトマネージャーのブログ

自給自足1 自給自足の生活

 ボランティア活動に疲れ切って、ちょっと変わったところにいった。

当時の僕は人と30分話すだけで目の下にクマができてしまう。
とにかく疲れる。
こんな状況では活動を続けられない。
ある人にそんな話をしていたら、
自給自足をしているいい場所があるから、
そこへ行って休んできなさいと言われた。

知る人ぞ知る有名な先生がいるところ。f:id:one_piece_of_leaf:20170313164347p:plain
ちょうど行ったのが新緑の季節、なんと緑の美しいことか。
まぶしいほどに、光り輝いている。
近くに泉がわき、その一帯に野の花々が咲き、
蝶が舞い、夜になるとたくさんの蛍が舞う。
蛍を見たのはおそらく初めて。
神秘的にさえ思える光景が続く。

広い敷地の中に、手作りの家が10軒ほど。
住居以外に図書館、米倉、納屋、井戸、どれも感動的なほどポンコツだが、
何ともいえない味わいがある。
他にあるものは田んぼ、畑、犬と猫、鶏、もぐら、キジなどなど。
人は僅かしかいない。

ここに来てしばらくして気づいたことの一つに、
自然の中には完全な直線と曲線がないということ。
これが都会との、あるいは人工建造物との一番の違いなのかもしれない。
どの家も曲がっていて、でもしっかり立っている。

みんなが集まって食事や歓談をする家以外には電気が来ていない。
各自の部屋は、ろうそくのあかりで過ごす。
梅雨の時期、野良仕事もできずに、あまりにも暇なので、
読書でもするかと思い、部屋のろうそくに明かりを付けた。
外界とは板一枚で仕切られているだけ、
風が強いとろうそくの明かりが消えてしまう。
ゆらゆらと揺れる薄明かりのもと本を読もうとするが、
しばらくすると目が痛くなって、とても読んでいられない。
本も読めないとなるともう、何もやることがない。
気が狂うほど時間が長い。
とうとう、考えついたのはろうそくの火を見続けること。
心が落ち着き、何ともいえない気分。
自然に火の中に吸い込まれ、体はリラックス、とても集中できる。
その数年後に知ったのだが、最も有効な集中力を養う方法の一つだという。

こんなへんぴな所で、ちょうど同世代の男性3名と女性1名に出会った。
日本の各地から集まってきている。
この土地での楽しい体験が始まる。

既に力があることを前提に、これが教育

自分にも部下にも、既に力があることを前提に、お互いの成長のサポートをすることが教育だと思う。

IT業界でPM(プロジェクトマネージメント)をやっていてよく悩まされることの一つは、部下をどうやって育てるかと言うこと。これが実に難しい。部下にあることを理解してもらおうとするのだが、なかなか理解してもらえない。そのうちどう説明して良いのかよくわからなくなってしまう。挙げ句の果て何故この人は理解できないのだろうなどと思ってしまう。ほんの数年前には自分も理解できなかったのに、どうやって理解に至ったかは覚えていない。最近の自分もまさに、その通りだ。そしていらいらしてしまう。f:id:one_piece_of_leaf:20170410143702j:plain

こんな時にいつも念仏のように唱える言葉がある。
「彼には理解する力が既にある」同様に「僕には説明する力が既にある。」

特にこの業界は日進月歩、次から次へと新しい技術、言葉が生まれる。自分で吸収しては人に説明することの繰り返しだ。そのたびに悩んでいられない。常に前に進まなくてはならない。先の言葉を心に留めると何故かほっとする。そして進み始める。

上から下へではなく、知っている者から知らない者へではなく、持てる者から持てない者へでもなく、自分にも部下にも、それを理解し、吸収する力が既に備わっていることを前提に、お互いの成長をサポートすることが本来の教育だと思う。

フリーランスに失業保険

政府・損保が創設 対象1000万人 日経新聞2017年3月14日f:id:one_piece_of_leaf:20170404141349j:plain

「政府は特定企業に属さずに働くフリーランスを支援するため、失業や出産の際に所得補償を受け取れる団体保険の創設を提言する。損害保険大手と商品を設計し、来年度から民間で発売してもらう。政府は契約ルールを明確にしたガイドライン作成を企業に求めるほか、教育機会の拡充も検討。介護や子育てを理由に自宅で働く人も増えており、若年層や女性の多様な働き方を支える。」

ようやくフリーランスも失業保険に入ることができるようになるのかと思うと感慨深い。自分の人生を振り返っても失業保険を貰えていたら、若い頃はもう少し生活が楽だったと思う。ひたすら社員化を進めるのではなく、多様な働き方を受け入れる方向に進んでいることはとても良いことだと思う。
ちなみに、「米国ではフリーランス労働力人口の35%にあたる5500万人規模に達している。」そうだ。

この手の多様性を受け入れる姿勢は一歩も二歩もアメリカの方が先に行っている。アメリカのまねをする必要は無いが、日本にもアメリカとは違った多様性を受け入れる素地があるのだから、もう少し世界の先駆者になっても良いのではないか。

 

ボランティア6 連続放火魔

軽度の知的障害児の施設に通うことから、僕のボランティア活動は始まった。

この施設の目的は社会復帰させること。
しばらく活動していると、大きな矛盾を感じることとなった。
社会復帰できない子どもたちは一見不幸に思える。
もちろんそれも不幸なのかもしれないが、
社会復帰できてしまった子供たちの不幸には目を覆う。

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ある卒園生のこと。
ある時先生と話していたら、手伝ってほしいことがあるという。
実はこの施設の卒園生のAくんが無実なのに罪をきせられて、
終身刑を課せられそうだという。
そんなことがあるのか、疑心暗鬼だった。
何を手伝えばよいのかを尋ねると、
裁判の傍聴に来てほしいという。
お安いご用なので仲間をかき集めて傍聴に言った。

その子の生活は悲惨だった。
1ヶ月ほとんど休みなく働いて、給料は5万円ほど。
月の3分の1は水だけで暮らしている。
悲鳴を上げて、施設の先生たちに支援してもらっていた。
そんな劣悪な環境の中で事は起きた。

ある下町で酒に酔った勢いで、路上の車の窓ガラスを割ってしまった。
現行犯で捕まった。
弁護の余地は当然あると思ったが、やってしまったことはやってしまったこと。
捕まるのは仕方ないと思った。
ところが、
その地区で連続放火事件が十数件続いていた。
そして、その犯人は捕まっていなかった。
警察は仕立てに入っていた。
その子を、知的障害児のその子を、連続放火事件の犯人に仕立てに入っていた。

自白書、
警察官がすべて書き記し、知的障害児のその子にこう言う。
警察官・・・「おまえ家に帰りたいか。」
知的障害児のその子・・・「はい。」
警察官・・・「だったら、ここに拇印を押せ。」
知的障害児のその子・・・「はい。」

物証、
それらしいものをあちこちに置き、カメラの日付を変えて写真を撮りできあがり。

裁判官、彼らもひとだ。いろいろと取りそろえられるとそのように見えてくるのだろう。
施設の先生は、このままいくと有罪になる、状況はきわめて劣勢だ。
とにかく、傍聴に来てほしい。
大勢で傍聴に詰めかけると、裁判官も手を抜けない。
傍聴しだしてしばらくすると、劣性転じて、無罪。
もし、先生たちが、活動しなかったら、もし、僕たちが動かなかったら、
連続放火犯、無期懲役だ。

人生の前半が知的障害児の施設で、後半は刑務所。
それも無実の罪?で。こんな事が許されていいのか。

この子が望んだ人生ではない。
人生の前半も、そして後半も。
せめて、後半の一部は手助けできたのか。
いや、もっと大きな不幸が待っているのかもしれない。

施設の先生は、昼間は施設の子供たちを見て、これはある意味では仕事。
でも、夜も休日も仕事?ボランティアをやっている。
卒園生の面倒を見ているのだ。
敬服する。

それにしても、権力者たちへの憤りは、収まらない。

”Yes”ということは必ずしもお客様のためではない

 

説教モードが続きいやになった読者の方もいらっしゃるかと思うけど、勢いに乗ってもう一つ。
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ソフトウェア業界の管理サイド(PMやシステム部長や営業など)には困った人が多い。お客様に”Yes”しか言わない。一体何しに来ているのだろうか。それで仕事しているつもなのだろうか。

お恥ずかしい話であるが、この業界で昔から言われている不思議なことがある。ソフトウェア業界のシステム開発プロジェクトは7、8割失敗している。つまり、納期遅れか赤字を出しているというのだ。成功率は2、3割野球の打率の方がまだましか。日本は技術立国だとも言われる。その日本で起きている珍現象である。しかし残念なことだが、僕の経験からも成功率はそんなものだと思う。これは管理サイドの過度なお客様至上主義というか、”Yes”マン主義に責任がある。

赤字や納期遅れの構造は簡単だ。システム開発の最初にあるシステム要件(こんな仕様で開発して欲しいというユーザの業務内容や要望等)を前提として見積書をユーザに出す。これには納期と金額が書かれている。双方納得してプロジェクトはスタートする。ところが前提となったシステム要件が途中で変更される。変更されるまでに行った作業は無駄になる。この要件変更が何度も繰り返されるのだからたまらない。ユーザから「最初の納期と金額でやってくれるよね」と聞かれ、これに対して管理サイドは”Yes”と言ってしまう。保身のためだろうが、この無責任な”Yes”に技術者は泣かされることになる。最終納期は変わらないのに当初約束されていたシステム要件は何度も覆され、実質的な納期はひたすら短くなる一方だ。金額も変わらないので技術者を増やして済む作業があっても増員されない。そして残業、徹夜が当たり前になる。今国会で残業規制されるようだが、この業界で見る勤務実態はかなりひどい。僕が経験したプロジェクトでも1ヶ月の残業時間は200時間を超えることが日常茶飯事だ。

たとえ相手がユーザでも言うべきことは言わなければならない。仕事に責任を持つなら当然のことだ。要件変更があることは致し方ないとして、工期を延ばしたり、開発金額を増やしたりすることは要求すべきだ。ある大手メーカーの部長らからこんなことを聞く。「システム開発は赤字になるので、開発後の保守契約で取り返す。」
つまり、既に開発の黒字化は諦めている。その上金額が不透明にもできる保守契約で取り返すというのである。
技術立国日本は少なくとも大手メーカーでは終わっている。恐らく零細企業辺りに本当のプロがいらっしゃるのだろう。情けなくなる。

”Yes”ということは必ずしもお客様のためではない。しかし保身のためか、そう言ってしまう人が多い。困ったことに上長ほどこの傾向が強い。これでは示しが付かないどころか、若い人たちが本当に可哀想だ。大きな夢を持って社会に出たは良いが、ものの2、3年で幻滅することだろう。若い人に文句を言う前に我々親父がしっかりと自分を持って、自分と向き合って生きねばならない。

人を育て自分と向き合い、自分が育つ

◆人を育てる

おやじっぽい発言になるけど、やはり心配だから言っておきたい。
このソフトウェア業界に入って35年ほどになるが、大きく変わったなと思う点がある。どの企業にも人を育てる姿勢がなくなっている。ソフトウェア業界自体もそうだが、我々のユーザでもある一般企業も同様である。

恐らくバブルが弾けてから人を育てなくなったように思う。我々ソフトウェア業界の人間もユーザも余裕がない、常に追われている、常にすぐ結果を求められる。だから、新人や経験の浅い人材を手間ひまかけて育てるのではなく、できあがった技術者を買う。人間関係を構築することもなく、買った技術者の技術を使う。人間関係が構築されていないから、ものでも買うかのような”買う”という表現がぴったりだと感じてしまう。
実は、この現象はとても恐ろしい結果を生むことになる。

技術は人が身に付ける。技術者には技術の側面と”人間力”の側面がある。この”人間力”の側面をどう育てるかが、技術を育てるよりも遙かに難しい。しかし、この両面が育たないと一流の技術者にはなれない。SE(システムエンジニア)はユーザの様々な要望や実情をヒアリングし、システムを構築していく。この時、人を理解する力、受け入れる力、交渉する力など、すなわち”人間力”が大きくものを言うことになる。

ではどうやって自分の人間力を育てるのか。座禅を組む人、スポーツや武道などを通して自分を育てる人など様々だと思うが、最も古典的で身近にある方法は人(他者)を育てることである。

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◆人を育て、自分を育てる
人は何故か、自分と向き合うことが苦手だ。おそらく自分を否定しているからだと思う。しかし、人を育てていると否応なしに自分と向き合わざるを得なくなる。そして、ありのままの自分を受け入れることによって、自分自身が成長していくことになる。

買い物するユーザは技術力を買う。買い物される人も技術が売りだ。ここでビジネスは成立してしまう。ところが、買い物する人もされる人も”人間力”が育っていないのですぐにトラブルになる。そしてまた、買い換える。何度買い換えても同じこと。”人間力”の側面がお互いに育っていないのだから。

ちなみに”人間力”は育っていないが技術力は高い、という人は困ったことにプライドも高い。しかし、この手の技術者は、実はあまり役に立たないのだ。役に立たなくてプライドが高い、将来が心配だ。

あらためて言いたい、ユーザも技術者も人間なのだ。この当たり前のことをわざわざ大きな声を上げて言わないといけない時代だと思う。
そもそも仕事は人のため、社会のために行うものだ。人の成長無くして良い社会は生まれない。このシンプルな原点に立ち返ることが、人と社会の未来を創っていく。

ボランティア5 成田の機動隊

成田空港の2期工事予定地に行ったときのことである。

活動家が2期工事予定地の真ん中の土地を確保して居座っている。
居座っているという表現が妥当かはわからないが、
その土地があるために工事に入れない状況だ。
我々は活動家と会い、なぜ、そこまでこだわるのか

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なんのために活動しているのかを知りたかった。
東京で集合し、車3台に分乗して行った。
夜遅くなり、周りは田んぼ、車のヘッドライト以外の明かりは全くない。
田んぼに落ちないようにおそるおそる運転していた。
すると、サーチライトが照らされ、一帯が昼間のように明るくなった。
助かった、夜道で事故を起こさないように、警備している人たちが助けてくれて
いる、そう思った。心の中で感謝した。

そして朝方まで活動家と話し合った。

われわれ・・・「なぜそこまで、土地にこだわるのですか。」
活動家・・・「戦後この土地を開拓しろと言う国の命令で地方から、
我々はかき集められた。荒れ地を何年も年々もかけて耕して、
やっと米がとれるようになって生活も安定してきた。
そうしたら今度は空港をつくるから立ち退け。
だれがこんな事に納得できるか。」
ある家に買い上げの交渉に国の職員がくる。
この土地は数千万円の価値しかないが、
今ハンコを押してくれれば優遇するという。
その職員が隣の家へ行き、近所の家へは何千万円といっているけど、
今ハンコを押してくれれば、お宅にはもう少し乗せる。
しばらくすると、その情報は周り回って、
みんなが騙されたと気づく。
意地でも土地を手放すものかと思う。

われわれ・・・「なぜ、過激派を活動に入れたのですか。」
活動家・・・「我々が国に対して反対運動をしていたら、
支援のための学生たちが集まってきた。
ほんのわずかな農民対国、勝ち目はないところに学生たちが支援にきてくれた。
本当ににうれしかった。
はじめは純粋に弱者に対して支援しようという学生たちだけだったが、
いつしか過激派と呼ばれる学生が集まってしまった。
これは我々が望んだわけではない。
我々が集めたわけではない。
そして、いつしか過激派に利用されてしまった。
自分たちの落ち度だと思う。
でも、我々が望んだことではない。
我々が集めたわけではない。」

われわれ・・・「そのような経験をして、今、そして今後、どうしたいのですか。」
活動家・・・「我々がどうなるかより、このようなこと、
強者が弱者を踏みにじるようなことが2度と起こらないために、
我々は活動を続ける。」

翌朝活動家だったひとの追悼ミサが教会で行われるというので、
3台の車で、出発した。
国道をしばらく走っていると、検問にあった。
僕が運転している車が先頭だった。
路肩に止められた。
ふと見ると、止められたのは僕たちの3台だけ。
外の光景は異様に思えた。
やくざが僕をにらんでいる。
その後ろに2、30人の機動隊がいる。
やくざと機動隊、よくわからない光景だった。
やくざが僕の車のウインドウをたたく。
あわててウインドウをあける。

僕・・・「どうしたんですか。」
やくざ・・・「免許証を出せ。」
僕・・・「はい。」

やくざは免許証を取り上げ、写真を撮ろうとする。
助手席に座っていた活動家があわてて車を降り、
やくざから僕の免許証を取り返そうとして揉み合っている。
僕も本能的に車を降り、活動家を守ろうとしてやくざとの間に割って入る。
すると機動隊員数名がやくざを守ろうとして、僕に掴みかかる。

いったい何が起きているのかわからない。
僕は機動隊員数名に胸ぐらを捕まれからだが宙に浮く。
悟る。勝てない。
防護服を身にまとった機動隊員と殴り合っても勝てるはずもない。
まして、多勢に無勢。

活動家がわめいた。
道路交通法違反だ。訴えるぞ。」

やくざも機動隊員もひるんだ。
僕はなぜかひるむのかもわからなかった。

とりあえず、もみ合い、にらみ合いが終わり、
免許証がもどり、運転席に戻った。

やくざに僕は言った。
「なぜこんな事をするんだ。」
やくざが言った。
「おまえらの先輩が俺たちの仲間を殺したんだ。」

何を言われているのか、わからなかった。
とりあえず、一件落着して一部始終を活動家に説明してもらった。

やくざに見えたのは、私服の警官。
本当に顔つきはやくざだった。
僕の免許証を写真に撮る、すなわち、国のブラックリストにのること。

道路交通法違反、免許証の提示は任意、警察手帳の提示は義務、
まして、免許証を写真に撮るのは論外。

おまえらの先輩、過激派のこと、もちろん世代も違うし、
過激派の知り合いはいない。

前日、サーチライトを照らしてくれたのは機動隊、
理由は車のナンバーを確認するため。

感謝どころではない。
無知では戦えない。
何事も勉強。
でも、怖かった。